猫を抱いて象と泳ぐ (小川洋子)
小川洋子さんと言えば『博士の愛した数式』のイメージだったのですが、個人的には『薬指の標本』の静謐な印象がとてもとても好きでした。
彼女の著作はどれもそういういい雰囲気が漂っているんですよね。
好きな作家を十人あげろと言われたら必ず入れたくなるのが小川洋子さん
女性が書いた小説っぽいというか、この優しく柔らかな雰囲気は女性じゃないとなかなか紡ぎだせないだろうなと、いつも思わされます。
ちなみに、女性っぽい優しさで好きと言うと、いつも川上未映子さんのことも話したくなります。
すべて真夜中の恋人たち (川上未映子) - よみしろの読む城
も紹介しております。
それでは本題に戻ります。
以下、ややネタバレ含む、あらすじです。
とある少年がチェスを"マスター"から学び次第にチェスの魅力に取り憑かれていきます。少年は、盤上の詩人の異名を持つ天才チェスプレイヤー「アリョーヒン」の美しい棋譜に感動し、自らをリトル・アリョーヒンと名乗り様々な人と対局します。リトル・アリョーヒンもまた天才であり、彼と対局でした人がみな、リトル・アリョーヒンとの対局が生涯で最高の棋譜であると断言するほどの美しいチェスをするのでした。
リトル・アリョーヒンはいろいろあって人形を中から操作してチェスをするため、彼は対戦相手のことが見えないし、対戦相手もまた彼の姿が見えないままとなります。
しかし、リトル・アリョーヒンには相手の性格や価値観や人生など、目で見る以上のことがチェスを通して見えているんですね。
対局を介したコミュニケーションや、盤上で無限に広がる詩的世界観は本当に感じたかのような読後感でした。
『猫を抱いて象と泳ぐ』とは変わったタイトルですが、象や猫は途中で出てきて読んでいくうちに「そういうことね」と分かるようになっています。
他にもミイラなども出てきて、リトル・アリョーヒンをとりまくキャラクターはみんなどこか悲しげな雰囲気でありながらも幸せそうで、不思議と優しい気持ちになるのでした。
死の香りがあちらこちらで漂うにもかかわらず、なぜこんなに落ち着けてしまえるのだろうか。自分まで人形の中で静かに息を凝らしているような、音の閉ざされた深い海を泳いでいるような気持ちになります。
こんな芸当ができる小川洋子さん、畏れ入りました。