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よみしろの読む城

好きな小説を好きなだけ褒めちぎります

go(金城一紀)

韓国国籍を持つ高校生の話。誇張しているのか時代が違うのか、周囲の日本人の朝鮮人への差別が激しくて、主人公の杉原(本名は李)は差別と向き合い続けます。主人公が韓国国籍であることによる、日本人や高校進学前の朝鮮学校の人の両方から受ける差別が全体を通して見られます。

 

彼の父は元ボクサーで、父からボクシングを習い高校では無敵の強さを誇ります。朝鮮人は強いという思い込みがあって腕試しをする人が少なからずいるらしく、彼の数少ない理解者のうちの一人、加藤は彼に最初に挑み破れた人物です。加藤は敗北以来、杉原とは仲がよく父親が暴力団幹部で金持ちなこともあり、自分の誕生日パーティーに杉原を招待します。パーティーで知らない人もくる大規模なパーティーだったのですが、そこに突如、見知らぬ同い年くらいの女性が現れます。彼女、桜井はパーティーから彼を連れ出し夜の小学校に忍び込んだりします。後になってまた会う約束を取り付け、次第に恋愛関係へと発展していきます。杉原には他に大事な友人がもう一人いて、朝鮮学校時代の同級生である正一です。杉原は彼らとの関わりの中で悩み成長していきます。

 

 

どういう展開になるかは、伏せておくとして感想なり考察なりを述べていくこととします。

 

どことなくベタな印象もありますが、好きな人と出会えるってことや自分を肩書きではなく見て認めてくれる人と出会えることが素敵だなって思わせてくれました。
杉原は差別というものを乗り越えようとしているけれども、彼の抱える問題は思春期特有な自己との対話・内面の意識改革などではなくて、あくまで外的な力との戦いです。外からの力と戦わなくてはいけない。

外からの力と言うのは暴力であったり社会的な制限であったり言葉や視線によるものであったりします。彼はそれらに対抗するかのようにボクシングを身につけ、多くの本を読んで理論武装します。(理論武装のためだとすれば小説をあまり好まないのも納得) 本作の前半に引用されるマルコムXの思想「自衛のための暴力は暴力とみなさない」を体現しているかのようです。でも、暴力の危なっかしさというのは当然あるわけで、それは父が後半に引用しているニーチェの言葉に集約されます。すなわち、「怪物を倒そうとして自らが怪物にならないように気をつけねばならない」とはいえ、杉原は積極的に攻撃をしかけることをしません。相手を返り討ちにするスタイルしかとっていないので、怪物にならないようにはしているようですが、それでは絶えず風雨に曝される状況を変えることはできない。

そこで桜井の登場です。彼女さえいれば、たった一人自分を無条件に認めてくれて彼女のために生きようと思える人がいれば世界は変わって見える。結局は外的な力との対決も内省に落とし込んでしまいましたが、そんな印象を抱きました。

やっぱ互いに支え合うのって大事だなっていう、ちょっと青臭いけど、なんだかんだ無下にはできないものを再確認したのでした。

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