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よみしろの読む城

好きな小説を好きなだけ褒めちぎります

三四郎 (夏目漱石)

オススメ本

読まねばならないという謎の義務感を持っていながら結局全然読んでなかった『三四郎』です。この前ようやく読み終わったのですが、感想を一言

 

もっと早く読んでおけば良かった

 

漱石ともあろう秀才がまるで自分のような”頭のいい人に囲まれて劣等感に苛まれている人”をこんなに上手く描写していようとは思いませんでした。所々に名場面があってなんだかグッと来てしまいます。

 

特に序盤はすごく好きなところがあって、例えば、三四郎が東京に出る汽車で出会った女性に女の独り身は心配だからと宿を一緒にしてもらえないかと頼まれるシーン。結局同伴することにして着いた宿では予想外にも同室になって、三四郎はなるべく何ともならないように距離を取り続けます。翌日、女性に言われたこの一言。

 

あなたは余っ程度胸のない方ですね

 

三四郎の本質的弱点を見事に射止めています。その後の都会生活でも自分の意志をはっきり持てず、友人の与次郎に振り回されていたり、後に出会う美穪子に惹かれた時も迷惑をかけてはならないとばかり。自分の望むことをしてやろうという意志や失敗をする覚悟が足りていないのを、出会ったばかりの女に見透かされてしまっているのです。

これを読んだ時には思わず震えてしまいました。

 

漱石は文明開化の頃を生きて海外の思想を取り入れてきた人だとかいう話を高校の授業でやった気がしますが、なるほどと思います。自意識という概念が小説の軸としてあるように感じます。

度胸のないというのは、自分のやりたいことをもっていないということの裏返しとも言えますし、三四郎はその後、大学で周りの人間と自分とを比べ劣等意識を抱いたりもします。作中を通して自分という人間と向き合う人間の姿が書かれています。

 

そして、汽車を乗り継いで東京へ向かう途中、もう1人面白い人と出会います。その人は会ったばかりの三四郎に対して肚の座った話し方をします。日本は発展するでしょうねと三四郎が言えば「亡びるね」と一蹴。国元の常識では信じがたい発言に何も返さないでいた場面がこちら。

 

すると男が、こう云った。

「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より……」で一寸切ったが、三四郎の顔を見ると耳を傾けている。

「日本より頭の中の方が広いでしょう」と云った。「囚われちゃ駄目だ。いくら日本の為を思ったって贔屓の引倒しになるばかりだ」

 

いかがでしょう。こんな不思議に核心を突いた言葉に、三四郎は「真実に熊本を出た様な心持ちがした。」と述べています。三四郎が東京で”頭の中”を広くさせていくのを予感しているようです。

よく分からないけど心が温まるような場面でした。

 

そして、東京での生活の最中、三四郎は美穪子に恋をします。恋が人を成長させるとでも言うべきか、自意識を成長させると言うべきか、三四郎はちょっぴり成長するわけです。

そういえばこの頃って自由恋愛なんてほとんど頭にもなかったんじゃないでしょうか。だとしたら恋愛なるものも漱石は日本に持ち込んだということですか?たしか日本に恋愛を広めたのは「テニスコートのロマンス」なる国家的プロジェクト(笑)だった気がするんですが、調べてみると昭和32年ですね。これ。ということは随分と早いこと漱石は日本に恋愛を持ち込んだと。ほほぉ、って感じですね。ほほぉ。

 

自分が大学生であるためか、親しい先生のもとでいろいろ話を聞いたり、活動的な友人と関わっていたり、1人の女性を恋しく思ったり、いろんなことに悩んで過ごす三四郎の大学生活の充実しているのにちょっと羨ましくも思い、素敵なものを見せてもらった気分でした。


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